白川儀一(損保ジャパン社長)の学歴と経歴!ソフトテニスで退職の過去も

2022年4月に損保ジャパンの社長へと就任した白川儀一さん。

役員37人を抜いて51歳で社長就任ということで話題となりました。

よほど優秀な方のようです。

そこで今回は、

・白川儀一(損保ジャパン社長)の学歴
・白川儀一(損保ジャパン社長)の経歴
・白川儀一(損保ジャパン社長)はソフトテニスで退職の過去も

をお伝えしていきます!

最後までお楽しみください。

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白川儀一(損保ジャパン社長)の学歴

損保ジャパンへの社長就任のスピード感から見ても白川儀一さんはかなり優秀な方なのだと思います。

まずは白川儀一さんの学歴をみていきましょう。

白川儀一の学歴

1989年3月:北海道立北見北斗高等学校卒業(18歳)
1989年4月:立命館大学産業社会学部入学(18歳)
1993年3月:立命館大学産業社会学部卒業(22歳)

それでは詳しくみていきましょう。

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白川儀一の学歴①出身高校は北海道立北見北斗高等学校

白川儀一(損保ジャパン社長)さんの出身高校は北海道立北見北斗高等学校(偏差値62)です。

北見北斗高等学校は北海道内の公立高校のうち16位となる偏差値を誇ります。

国公立大や有名私大への進学実績もあり、進学校としても有名です。

卒業生の中には有名人も多いですが、中でもカーリング女子の藤沢五月さんは特に知ってる方も多いのではないでしょうか。

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白川儀一の学歴②出身大学は立命館大学産業社会学部

白川儀一(損保ジャパン社長)さんは高校卒業後、立命館大学産業社会学部(偏差値55)へ進学しています。

立命館大学もナインティナインの岡村隆さんや歌手の倉木麻衣さんなど多くの有名人が卒業しています。

白川儀一さんは小学生の頃からソフトテニスをプレーされてきました。

大学まで続けて、全国大会出場や世界大会で3位に入るほどの実力とのこと。

ご本人が明言されているわけではないのですが、もしかしたら立命館大学のソフトテニス部にも所属していた可能性もあります。

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白川儀一(損保ジャパン社長)の経歴

白川儀一(損保ジャパン社長)さんの経歴をまとめてみました。

白川儀一の経歴

1993年(22歳):安田火災海上保険(現在は損害保険ジャパン株式会社)へ入社
2003年(32歳):損保ジャパン退職
2005年(34歳):損保ジャパン復職
2019年(49歳):執行役員経営企画部長に就任
2020年(50歳):取締役執行役員就任
2021年(51歳):取締役常務執行役員に就任
2022年(52歳):損害保険ジャパン株式会社の代表取締役社長へ就任

49歳からはかなりのスピード出世をされていますね。

詳しくみていきましょう。

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白川儀一の経歴①安田火災海上保険へ入社

立命館大学を卒業した白川儀一さんは損保ジャパンの前進企業である安田火災海上保険へ入社します。

保険会社を志望した理由は、

「人から信頼される人間になりたい」

からとのこと。

人に信頼されるには、何か困った時に手を差し伸べるというのが、一番早いのではないかと。そうなると保険という発想になりましたが、損害保険は個人、企業の活動に対して、何か手を差し伸べることができ、自分を鍛えてもらえるのではないかという思いを持ち、損保業界の門を叩きました。

引用元:財界オンライン

とても筋の通った理由だと思います。

そこから一度退職はするも現在までずっと保険会社へ勤めていることからかなり意志の強い方なのだと想像できます。

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白川儀一の経歴②損保ジャパン退職から復職

白川儀一(損保ジャパン社長)さんが32歳の頃に一度損保ジャパンから退職をされています。

その理由は夢を諦めきれなかったことにありました。

白川儀一さんは小学生から大学までソフトテニスに打ち込んでこられました。

就職してからもその情熱が忘れられなかったのだと思います。

実業団から声をかけてもらったことをきっかけに損保ジャパンを退職しソフトテニスの道へ進む覚悟をします。

退職の際は西澤敬二(現損保ジャパン会長)さんが人事の課長であり、何度も引き留められたのだとか。

私は「辞めます」と言い、西澤が「何で会社を辞めるんだ」という会話の繰り返しでした。最後、私は「実業団でソフトテニスの選手としてやっていきます」ということで会社を辞めていったわけです。

引用元:RAKUTEN NEWS

西澤敬二さんの強い引き留めにも応じずソフトテニスプレーヤーへの道へと進んだ白川儀一さんでしたが、左足首を怪我してしまいプレーヤーとして続けていくことが出来なくなってしまいます。

そんな中、損保ジャパン時代の先輩から「戻ってこないか?」と声をかけられたことをきっかけに復職を決意。

退職した際は、損保ジャパンに復帰することは考えておらず、テニスでダメならその時に考えようと語っていた白川儀一さん。

自分の夢のために退職した会社からまた声を掛けられるというのは、白川儀一さんの人徳やこれまでの仕事に対する姿勢によるものが大きいように感じます。

スピード出世も納得ですね。

白川儀一の経歴③損保ジャパン代表取締役社長へ就任

そして2022年4月に損保ジャパン代表取締役社長へ就任した白川儀一さん。

日本の大手企業の出世のイメージは未だに年功序列が根付いているように感じますが、この損保ジャパンの人事はかなり衝撃的なものでした。

入社年から考えると白川儀一さんの上には37人の役員がおり、年功序列だと白川儀一さんが社長に就任することはなかったでしょう。

SOMPOホールディングスは15日、奥村幹夫執行役専務(56)が2022年4月1日付で社長兼最高執行責任者(COO)に就く人事を発表した。桜田謙悟社長(65)は会長として最高経営責任者(CEO)職を続ける。傘下の損害保険ジャパンでは西沢敬二社長(63)に代わって白川儀一取締役常務執行役員(51)が昇格。

引用元:日本経済新聞

ちなみにSOMPOホールディングスの奥村幹夫社長も白川儀一さん同様、一度退職した後復職された方です。

会社を一度離れた人間でも出世のチャンスがあることがどれだけの人に希望を与えることでしょう。

企業としての器の大きさを感じました。

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白川儀一(損保ジャパン社長)はソフトテニスで退職の過去も

前述のとおり白川儀一(損保ジャパン社長)はソフトテニスの選手となるため一度退職された過去をもっています。

出身地である北海道北見市役所の実業団チームに所属されていました。

実業団から声がかかったとおっしゃっていることからかなりの実力だったようです。

北見市役所に勤務してながら実業団チームで活動をしていましたがすぐに怪我をしてしまいプレーを続けられなくなります。

そして損保ジャパンに戻ることになるのですが白川儀一さんは当時の心境をこのように語っています。

一度、会社を辞めた人間を呼び戻すという度量の大きさを感じました。そうであれば戻らせてもらおうと。

 もちろん、自分のワガママで辞めていきましたから、どんな顔をして戻るんだ、といった恥ずかしさは少しありました。しかし、一定の勇気を持って戻ることができたことは、その時もそうでしたし、今考えてもありがたいですし、嬉しいですね。

引用元:Rakuten NEWS

元々「人から信頼される人間になりたい」と選んだ保険業界。

その思いは変わらず、人の縁もあり損保ジャパンに戻ったようです。

そこから現在は社長へと就任されたのですから人生何が起こるかわかりませんね。

社長就任から1年が経ち2023年7月にビッグモーターの保険金水増し問題が発覚。

損保ジャパンはビッグモーターを保険代理店としており、不正に関与していたのではないかと噂になっています。

白川儀一さん率いる損保ジャパンがどのような立ちまわりをされるのでしょうか。

今後の動向から目が離せません。